ここでは僕の自己紹介をさせていただきます。
ボクは、父が理容師、そして母が美容師という美容一家で育ちました。
小さい頃から家にはサロンのシャンプーやスタイリング剤が当たり前のようにあり、美容というものが常に身近な環境でした。
ただ小さいことの自分は
“美容一筋”
というタイプではなく外で遊ぶ活発な子ども。
中学でサッカーをしていましたが
当時は思うような結果を出せず、
高校ではサッカーを辞める決断に。
理由は単純
坊主が嫌だった笑
こんな理由でした。
大人になって・・・



大人になると服に興味を持ち始め周囲からは
「美容意識高いよね」
と言われるようにこともありました。
進路を考える時期になった時
「大学へ進学する未来」
は想像できませんでした。
その中で選択肢として、美容師か理容師になることがありました、。
実は高校生までは、親に髪を切ってもらっていました。
美容室に通った経験がほとんどなかったんです。
ですが
「何か変わるかもしれない!!」
と思い、初めて美容室へ行きました。
その時の体験が、自分の人生を大きく変えました。
そして、早稲田美容専門学校へ進学を決めました。
美容学校では、器用なタイプではない自分に何度も悩みました。
特に国家試験前が苦手で、実技テストの結果によるランク分けでは放課後の居残り練習組になるハメに。
(自分って全然向いてないかも)
周りが帰る中、自分だけそう思いながら残って練習する日々。。
ひたすら練習を続けた結果、少しずつ技術が安定し、ようやく居残り組から外れることに。
就職して・・・

就職活動はかなり苦戦しました。
きっかけとなった美容室や、自分が
「ここで働きたい」
と思ったサロンには、すべてご縁がありませんでした。
それでも表参道や原宿の有名店への憧れは捨てきれず、かなり長く就活を続けていました。
最終的には
「まずは経験を積もう」
と考え、大手有名チェーンサロンへ就職しました。
それがTAYAでした。
ですが、入社後の環境は想像以上に厳しいものでした。
新卒3人で入社したものの、早い段階で2人が辞め、
気づけば同期は自分1人。
先輩アシスタントも次々辞め、
アシスタントが自分だけになる時期もありました。
後輩が入ってきても長く続かず
スタイリスト同士の対立もあり
「人が定着しにくい環境なんだろうな」
と感じるようになりました。
人が少ない分、効率よく動くことを常に考えるようになりました。
また、自分は意外とメンタルが強いことにも気づきました。
器用ではない自覚があったからこそ、誰よりも反復練習を重ね、スタイリストデビューすることができました。
2店舗目へ

デビュー後は、入客数の多い系列店へ異動。
数をこなし経験を積みました。
また、商品管理も任され、メーカー講習を受けたり、サロンへの落とし込み、在庫管理なども経験しました。
そこで初めて、原価率や店舗運営の数字について深く考えるようになりました。
そしてコロナ禍をきっかけに、自分の将来について真剣に考えるようになります。
3店舗目へ

長期休業、先輩スタイリストの売上状況、自分自身の新規入客数。
その中で
「もっと1人のお客様と向き合いたい」
と感じマンツーマンの髪質改善サロンへ転職しました。
ここで、自分の美容師人生は大きく変わりました。
特に苦労したのは接客です。
マンツーマンサロンでは、お客様と過ごす時間が長い分、ごまかしが効きません。
技術だけではなく、会話、空気感、所作、気遣いなど、すべてが重要でした。
ですが、この経験によって、美容師としてのレベルが大きく上がったと感じています。
以前はクレームをいただくこともありましたが、それもなくなり、次回予約率やリピート率も大幅に改善しました。
さらに、新店舗立ち上げの際には
お客様が自分について来てくださる経験もしました。
この経験を通して強く感じたのは
「美容室は技術だけではない」
ということです。
技術、接客、導線、教育、数字管理、リピート設計、空間づくり。
そのすべてが噛み合って初めて、サロンは安定して成長していくのだと思っています。

